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冬はスキー(棲息地:太平山オーパス)、乾燥路は自転車で体力維持する親父の記録 食べ物…いやしい系(^_^;) 意外にアート好き、最近は鏝絵(こてえ)と土蔵に野草や花に興味あり
三橋節子 永別の自画像
 風邪でダウンの2月7日の夜、酒も飲めない、38℃あるが、座ってTVを見ることはできる状態。
 録画してあった「新日曜美術館」の「永別の自画像 三橋節子」を見た。
 初めて知った三橋節子(昭和14年~昭和50年)。ありふれた雑草などを描く日本画家だったが、昭和48年に鎖骨にできた癌で利き手の右腕を切断。告知もされ、同じ画家である夫に突き放され励まされ、術後18日目から左手で文字やスケッチの練習を初め奇跡的な作品を残した。自分の死と向かい合うことで生まれ、幼子たちへ残された作品の数々。実際に見ると中から輝くような絵だという。
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 最高傑作とされる「花折峠」がタイトルバックに使われていた。白い輪郭線、重ね塗りした下地が複雑な色彩で浮かび上がってくる。愛した雑草が眩しく力強い。横たわる自分自身であろう女性は、慈愛にあふれた菩薩のようなお顔で、思わず手を合わせたくなる。
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 絶筆の「余呉の天女」、天女は半透明になり死期の近さが感じれれるが、見ている方が救われる。
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 三橋節子の絵を見ると「千の風になって」歌詞が素直に受け入れられる気持ちになる。

 三橋節子美術館(大津市)
 お薦めサイト「るる☆女を語ってみました。」
 ここで画像の一部が見られます。
三橋節子
 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三橋 節子(みつはし せつこ、1939年 - 1975年2月24日)は画家。本名。京都芸術大学美術学部出身。夫は日本画家の鈴木靖将。
 1973年には利き手の右手を鎖骨の癌により手術で切断。その後は左手で創作を続けたが、不幸にも35才の若さで癌の転移により他界した。画業に傾ける情熱は今なお作品に残されていて色あせていない。
 晩年には近江の昔話を基にした作品を多く手がけた。
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