HarroPage
冬はスキー(棲息地:太平山オーパス)、乾燥路は自転車で体力維持する親父の記録 食べ物…いやしい系(^_^;) 意外にアート好き、最近は鏝絵(こてえ)と土蔵に野草や花に興味あり
舘岡の龍の鏝絵が魁新聞で紹介
民家土蔵に竜の鏝絵 五城目町、明治期に制作
  さきがけonTheWeb
 五城目町高崎の民家の土蔵に残る、明治時代に作られた竜の鏝(こて)絵が、インターネットで紹介されるなど話題を呼んでいる。来年のえとが「辰」であることから、さらに注目を集めそうだ。
 土蔵は舘岡祚子(としこ)さん(68)=東京都=が所有する民家の一角にある。屋根のひさしの真下に、波の上で身をくねらせる竜の姿が見られる。幅約2メートル。うろこの一枚一枚、角や目などが立体的に表現されている。
 しっくいを材料に、こてで形を整える鏝絵は全国各地の土蔵で見られる。竜は水をつかさどるとして、火事よけを願って作られる例が多かったとされる。
 舘岡さん宅は江戸時代から高崎で農家を営んできた。舘岡さん宅に残る記録によると、土蔵は1892(明治25)年に建てられた。数年前から「鏝絵を見たい」という人が土蔵を訪問。写真を撮影し、インターネットに画像を掲載する愛好者もいるという。
(2011/12/30 16:04 更新)

 画像はharropage撮影
TAKAOKAKOTEE1.jpg

TATEOKATOP.gif

過去のエントリーより
 鏝絵(こてえ)られねーなー 拾弐の壱(速報)五城目高崎舘岡家
 昭和27年にご尊父が書き留めた土蔵の由来を書いた文書を見せて頂いた。主(3代目舘岡梅五郎氏)が、土崎港町の左官棟梁「菅原千代松」氏を呼び寄せ、五城目の左官4人と一緒に仕事をしたという。なお、大工棟梁は「富津内村富田の原田貞助」氏。なお、昭和27年には、工事に弟子として加わった五城目町「澤田石豊吉」さんが存命で話を聞いたとのことだった。
 この土蔵を見に来る人からは「土蔵は鏝絵があるかどうかで格が違う」と言われる、鏝絵だけで土蔵と同じ位の費用がかかったらしいと聞いた、近くの高齢者、といっても実際に見たわけではないはずだが、の話では「鱗一枚に一日費やした」ことなど教えて頂いた。

 鏝絵(こてえ)られねーなー 拾弐の弐 五城目高崎 舘岡家土蔵
 鏝絵(こてえ)られねーなー 拾弐の参 五城目高崎 舘岡家
 五城目高崎 舘岡家の蔵
 鏝絵られねーなー 番外編 龍について

 鏝絵に興味のある方は、「秋田 ふるさとの残照」の中の秋田の職人・鏝絵・土蔵・里山・里海等を紹介している「道草シリーズ」が量・質ともに充実しています。
 舘岡の鏝絵も「道草13」で紹介されています。

 秋田市内には、蔵の三面を龍で覆い尽くした鈴木家の土蔵があります。
 鏝絵(こてえ)られねーなー 其の六 下北手桜
 ここは、二〇世紀ひみつ基地の「鏝絵・左官職人の心意気」でも取り上げられています。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://harropage.blog39.fc2.com/tb.php/7928-53454095
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック