真夏日が続き、休日も長距離を走ることなく、午前・午後に分けて太平周辺を走ることが多かった。ジテツウで距離を稼ぐことができ、週間走行距離も更新できたが、通勤中のパンクや怖い目にもあった。神社、鏝絵、蔵捜しでポタリングの楽しみも少し分かってきた。
最近はペダリング時の股関節を意識し、夕方のジテ連で30分間のフルこぎにトライし、30日には35:05で18.5km、平均31.7km/h、平均Cad 90を記録。31日は朝6時から30分の朝霧早朝サイクリングが涼しくて爽快、これは続けることができるかもしれない。

日暮れが早くなりジテツウも中止、距離を稼ぐ時期は終了。今後は、休日を中心にした違った乗り方・楽しみ方を模索し、GTにも乗ってあげないと…。
3月 119.70km、4月 608.64km、5月 983.08km、6月 1205.62km、7月 842.49km。
【Odometer】14249.22km。

煉瓦倉庫に照明が当たるとまた違った雰囲気、静かなお祭り気分。

会場入口もライトアップされると、入るまでのワクワク感が盛り上がる。「あおもり犬」をモチーフにした奈良ねぶたにも明かりが灯され、気分高揚。

展示会場は20時半頃をピークにして二階に上がる階段などで待ち時間があり、倉庫内も暑かった。検印を押して貰って外に出て涼んで、永野雅子スライドショー『Document of NARA + graf』の最後の部分を見てから再入場。
2度ほど全体を回った後で、自分の好きな小屋ばかり何度か覗くことにした。八角堂の「Foutain of Lite」も八面からゆっくりと鑑賞。ミサワ小屋(三沢厚彦)、星の部屋、Seaside Tenement House blue gallery には繰り返し入室。二階にも3回も上がり、グミガールズを角度を変えてゆっくりと鑑賞し、Shallow Puddles の展示の仕方にそのたび感心し、金の舟の近くの木箱(クリート)を覗いて縮小コピーを繰り返したというカロリーメイトの箱や吸い殻などもじっくりと楽しむことができた。第一研究室では「どえす図」を見て、Shallow Puddles への廊下が最初の段階では違った形であることも分かった。第二研究室の上には「もりおかわんこ頭部原型」が置かれていたが、左右の目の大きさが違っていることにもやっと気が付いた。
夜になると芝生にあった「Surfin Dog」は出口付近に移動されていた、チケット売り場の窓の近くには、針金で作られた王冠犬も見つけた。

FM APPLEWAVE 公開生放送で喋っていた奈良美智さんは、22時ころから、白の広場でディスクジョッキーを開始したようで、広場に大勢の人が集まり、二階などは空くようになった。23時頃になると、さすがに疲れがでてきて、屋台村前で300円とお安めの値段設定の缶ビールを飲み始め、会場には入らないことにした。屋台村のドネル・ケバブも一時閉店したが、お客の申し出があり、再び再開してくれていた。屋台村は安くて美味しくてボリュームもあり、ボランティアの雰囲気だった。
うちのロック娘だけが、奈良美智ジョッキーを聞くために中に入り、24時の終了直前まで聴き続けていた。最後は、奈良美智さんの知り合いが誕生日でケーキを切り、好きな曲を何でもかけてあげるとのことで「キューティハニー」がかかったとのことだった。

最後に「AtoZ Midnight」のプレゼント。マッチを2個いただきましたm(_ _)m。小学生以下には Three Sisters のうちわがプレゼントされていたとのこと、欲しかった。

何とも贅沢な夏の終わりの一日であった。

前には気付かなかったが会場の左手前にある建物が「AtoZ 実行委員会事務局」になっていて、前には沢山の自転車が並んでいた。

昼に入ると夜の再入場ができないとのことで、ショップで買物をして車に積む。その後、一人で一時間半ほど弘前の街の蔵やお寺などを散策、15時過ぎに中三デパート前で濃い緑のTシャツを着た「奈良美智」本人とすれ違う。「パリ亭」で奈良焼き印の押されたあっさり味のチーズケーキを買ってからホテルにチェックインして、AtoZ Podcast を聞き直してメモをとる。
夕食はどうしようかと迷いながら18時過ぎに吉井酒造煉瓦倉庫に着くと、home cafe 前で奈良美智×中野裕通トーク『ものづくりについて』が始まっていた。後で写真を見直すと「Lサイズの椅子」にあぐらをかいて座っていた。

昼にはなかった AtoZ 屋台村の準備も始まっている。大きなパエリア鍋(500円)、ケーキ、ドネル・ケバブ(500円)、かき氷(100円、大人のカクテルかき氷200円)と旨そうだが、開始は19時でまだ時間がある。近くのお店で慎ましく軽い夕食を食べることにした。

こぢんまりとした有機食材にこだわったお店とのことだったので、無化学調味料だろうと期待して入った。ランチ時にはABCの三種類のランチメニュー(980円)からの選択になり、かみさんはカレーを娘は蒸し豚のランチを注文。わたしは「あお!ひー」さんが食べていたエビフライ付きオムレツ(1480円)ができないかと聞くと一人分のみあるとのことで注文。それにしても店のショーウインドーには「森の伊蔵」、飲み物メニューの芋焼酎の豊富さ(「魔王」も30mlが500円で飲める)が酒飲みとして気になった。
運ばれてきたカレー、ビーフシチューのような大きな肉の固まり。蒸し豚はちょっと甘いタレがかかっていて、小ぶりなカレイのフライにあっさりしたタルタルソースが添えられていた。いずれにも下と同じスープ・サラダ・五穀米・デザート・飲み物がつく、安い!

エビフライ付きオムレツセット。スープは冷たい枝豆スープ、枝豆の甘さに塩味を付け、自家製と思われるクルトンものっている。フレンチドレッシング(和風の方がよかった?)のかかったサラダ。メインのオムレツは綺麗な盛りつけ、中はトロトロ、マヨネーズはしつこくなく自家製?、付け合わせのジャガイモは、Oisix食材で食べたことのある「インカのめざめ」!大ぶりのエビフライは薄い衣でサクサク、たっぷりあっさりタルタルソースも美味しい。デザートはチョコかけアイス・蜜柑のシロップ煮・ウェハース・ナタデココ入酸っぱいレモンゼリー、アイスコーヒー。美味しく、ボリューム満点(かみさん・娘はお腹一杯でデザートは箸をつけただけだったので、全て私が食べました、腹一杯でした(^_^;))。

繰り返しますが、エビフライ付きオムレツセット、上の全部で1480円。
海老フライではなくて「その日のフライ」付オムレツセットだと980円。

八角堂の中にある「Fountain of Lite (2001)」、みんな涙を流しています。八角堂の8つの窓からみるとそれぞれに違って見えて、いくらみても見飽きることがありません。この作品と二階のグミガール(黒い海に浮かぶ直径3mの巨大なグミガールが3個、絶妙の配置と向き)で奈良さんの虜になってしまいました。

唯一見つけた、AtoZの会場の写真です。このように大小さまざまな形の小屋が建ち並び、一つ一つに趣の違った奈良美智や仲間の作品が展示されています。上は(R)world's end fortress からの展望、中心左寄りに八角堂があり中に fountain of lite が涙を流しています。歩いている猫はミサワ(三沢厚彦)さんの作品(キリン、コウモり、リス、その他沢山作っています)。
左下上は白い広場で左に(E)(F)(G)の三軒長屋、右にDOoRsの5つの部屋が見えています。Midnight AtoZ の時には、この広場がディスクジョッキーの会場になっていました。
左下下は、黒い広場で左に八角堂、右には(V)house of windows (U)X chanel (T)レコードルームが並んでいます。レコードルームには約400枚のLP版のレコードジャケットが壁に貼られていました、我が家にも300枚ほどのレコードがありますが、15枚ほどは同じものがあるなと数えていました。
右下はアーチを挟んで左が(N)Seaside Tenement House Blue gallery で大きな女の子の3作品が展示されていました。旧作2品、新作1品とのことでしたが、どれが新作かは分かりませんでした。水色の壁の部屋に入ると正面にキッと目を見開いた女の子、左には悲しげな目を開いた女の子、右には目を閉じて心を落ち着けている女の子が展示されていて、好きな部屋でした。画面右に見えるのは(Y)アーチハウス、入り口から同じような女の子の大小2作品が見え、この窓からは奥に「TURTLES」が奥に見えます。窓の上のピースマークには、奈良作品の女の子の小さなぬいぐるみがびっしりと詰まっていて一つ一つ見ても楽しいです。同じようなぬいぐるみビッチリは各所で見られます。
AtoZに至るまでの作品と展示の軌跡がまとめられていました。
昨年7月に書かれた、AtoZへの向けての奈良美智の紹介文。なお、「まちなか AtoZ cafe」内には「なら・ねぶた」も展示されているので、お見逃し無く。

【追記】2006.8.30
入り口の戸は開いたままで固定され、さらに二重の扉がついていた。開かれた戸の内面は黒光する黒漆喰が塗られていた…「漆蔵資料館」と同じように油煙や黒雲母が使われていたのかもしれない(写真は撮り忘れ)。
外からみると前後の一部の漆喰塗りの壁は露出しているが割れが入っている。窓の部分は入り口と同じように黒い色をしており、黒を加えた漆喰が使われている。両側面は漆喰がはげ落ちているために板塀とトタンで覆われていた。
土蔵建設は明治二十壹年、当家四代片倉ナツ、大工棟梁増田町本町高階としっかりと由来が残っている。蔵の内壁の一部(階段部分)は白い漆喰の壁になっていて、黒光りする柱とのコントラストが印象的。

トタンで覆われ明かり取りのために磨りガラスでよく見えないが戸扉の内側には何やら模様が見える。縦長の「波」のように見えてしまうのは思い込みのせいだろうか。現当主も確かに「左官が想像で描いたような」模様があったという。
蔵の中に入って中から見ても外側の模様は確認できない。ここで分かった事は、外に両開きの扉があるが、中にも片開きの扉があり、二重の扉構造になっていること。
一部の内壁は漆喰は塗られていない。外側の崩壊とは違い、内側は太い梁といい、壁といい、まだ崩れてはいない。


板塀で覆われている前部には入り口の扉があるが黒漆喰塗り、家紋と「水=波」の鏝絵がある丁寧な造り。左側面には上下に戸扉があり二階建てであることが分かり、一階は白漆喰、二階は黒漆喰になっていた。
全体の造りは井川町上村の土蔵と似ている印象で同じ左官職人が関与しているのだろうか。

同じく井川町井内松岡家の土蔵。比較的新しいもののように見える。白壁に黒漆喰で火除けの「水=波」があるのは他と逆の型で珍しいと思った。


「8/26のAtoZは、この夜限りの "Midnight AtoZ" 深夜1時までの開館」とのこともあり、宿を確保してゆっくりと見に行く事にした。
ということで、行って参ります。ウキウキ、ルンルン…
妄想?幻覚?認知症?

拡大してみると葉っぱが龍の鱗のように見える。


案の定、それほど大きくはないが、見事な彫刻があった。
龍と獅子の彫り物は迫力がある。

そして、屋根の四方で支える力神(りきじん)の表情が何とも豊か。

8月20日に「漆蔵資料館」を見てきた。増田町の真ん中にあり、大地主の土蔵を「佐藤養助」稲庭干饂飩が譲り受けたという。資料館前の看板を呼んでもらうと分かるが、大地主であった小泉家が明治〜大正の二十四年間!!(工事だけでも八年!!)をかけて作られた総漆塗りの蔵(かまどきゃしたということらしい)。この界隈を「蔵しっくロード」として観光名所にしようとしているようだ。資料館は無料で見学ができ、稲庭うどんも食べられる。外から見える建物の中に素晴らしい蔵があるので、間違っても外側だけみて帰る事のないように。

入り口を入ると目に飛び込んでくるのが黒漆喰塗りの重厚な扉。「左右の扉の数ミリしか遊びしか許されない高度な技」「黒漆喰は油煙の煤や黒雲母を混ぜて作る」「雨を嫌い、時間変化が変色や繋ぎ目を生じるため、一区画ごとに職人の分担を決めて丁寧に仕事した」のだという。

中に入ると壁も天井も床も全て漆塗り。

後面の入り口も前面と同じように黒漆喰の重厚な造り。また、一、二階の同じ位置に戸扉があり、これも黒漆喰。

奥の喫茶室の蔵の入り口で「龍」の字の鏝絵を見〜つけた。


やはり火除けの「水=波」が見られるが、太平川流域とは微妙に異なるのが面白い。戸扉の内側には家紋らしい模様の鏝絵も見られた。

井川町今戸にある蔵は鏝絵こそなかったが、下は石造り、白漆喰の壁、戸扉は黒漆喰、瓦屋根。そして非常に特徴的だったのが、立派な木鼻を伴っていた事。自分の蔵をアピールするための方法の一つだったのだろう。

左右の両面の上半分づつを占める大きな鏝絵(後面にもあるという)で、他の鏝絵と比べると規模が全くちがう。鏝絵を描くために土蔵を建てたのではないかと思えるほど…。家主の相当な思い入れと職人の技量がなければ、成立しない「作品」。すげぇ〜っ。
自宅から一番近い所に一番見事な鏝絵があったとは…。いずれ断りをいれて間近に見てみたい。それにしても、これは何とか保存していかなければ…。
奇麗な画像はたふらんけさんのブログでご鑑賞ください。


同じ様な鏝絵を探してみると、名越家土蔵(砺波市)の「波に二疋龍」が見つかった。実物はみることができないが画像を見る限り、色彩などは勝っている印象。
左官職人の需要は減っているのだろう。しかし、NHKのプロフェッショナル-仕事の流儀で左官:挾土秀平が今年の3月8日に放送された。土壁にこだわる左官職人、「落ち着いて、臆病になれ」「自分が納得いかないものは、絶対に引き渡さない」、昔も今も職人魂は同じなのだろう。
黒川の長い板塀で囲まれた大きなお屋敷の土蔵、遠目から火除けの「水=波」が見えた。

「恵比寿大黒」は黒川公民館の傍にあった。土蔵自体は石造りの石蔵のようで漆喰白壁ではなかった。鏝絵の部分だけ漆喰なのだろうか。色もよく残っていた(逆光で写真が良くなく8月15日にも撮り直しにいったがやはり逆光(^_^;))。
蔵を建てて左官職人が登場する段になって、「鏝絵はどうしましょう」「お願いします」「どんな絵柄にしますか」といったやりとりがあったのだろう。他の蔵での仕事を見ていれば技量も分かって頼むことになるのだろうが、金銭的にも精神的にも余裕と心意気がなければなりたたない世界だな…。

鏝絵とは関係ないが、黒川の道路端には菩薩様なども祀られていた。

「バスタ」と同じように「スタークル」もハン・カクサイにも効くだろうか、ネイガーの武器がさらに強化された?

2006.8.19 撮影

柳館の進藤酒店の近くにあった土蔵。前面部分しか見えないが、閂のかかった入り口と、意匠を凝らした火除けの「水=波」。

三省堂の国語辞典では
かくらん【霍乱】
夏に起こる、激しい下痢や嘔吐を伴う病気の古称。今日の急性腸炎・コレラ・赤痢などか。また、日射病・暑気あたりともいう。
「鬼の―」 [季]夏。
広辞苑では
かくらん【霍乱】
暑気あたりの病。普通、日射病を指すが、古くは吐瀉(としゃ)病も含めて用いた
はくらん
(霍乱の訛(なまり)。江戸時代にはカクランより普通に用いられた)日射病
はくらんおごさねように、きをつけでけれ

ここは太平の丸ポストのある商店の並びにある建物。火除けの「水=波」のバリエーションが豊富。屋根の飾り瓦(?)も面白い形をしていた。

高椅酒店の土蔵は比較的新しく手入れがよかった。壁中央の幾何学模様は他での見られない→【追記】なまこ壁で「七宝」という模様(06.08.08)。しかし土蔵の窓扉の内側に凝った彫り物がある。十分に開いていないのでよく見えないが「鯉の滝登り」のようだった。窓扉の内側に鏝絵を描く、開いたときにしかみることができない、これ見よがしでないところが粋な世界なのだろう。

高椅酒店の向かいにある、何とも風情のあるお宅の土蔵は土壁のままで漆喰がない?はげ落ちた?それでも火除けの「水=波」に見える鏝絵があった。鏝絵は漆喰で描くと思っていたが、土塀の段階ですでに下絵(?)があるのだろうか?

秋田の鏝絵の記載をさがしていたら、福島彬人さんのインターネット版「糸遊」の中に魁新聞文化欄への寄稿文「残したい鏝絵」を見つけた。その中に「いま、饅絵の残る白壁土蔵は、太平地域と、その南側に位置する寒川、黒川、梨平、桜の下北手地域、それに下北手宝川山越えの河辺町北野田高野畑地区など十カ所ほどにあるだけである」とあった。
8月13日午後は太平鏝絵ポタに出ることにした。太平八田→太平黒沢→寒川を回ってみた。
まずは太平八田で見つけた鏝絵。枝のようにも見えるが、火除けの呪(まじない)としての「水」、「波」頭と考えるのが妥当だろう。土蔵自体は崩壊中。

この「水」と考えられる文様は各土蔵で見られ、それぞれ微妙に異なっていてデザイン的にも面白い。これは一番凝っていた「水=波」。

やはり崩壊寸前の土蔵。修理はされずに消えていく流れは、いかんともしがたい。

木造の店の前には懐かしいかき氷機がでんと置かれ店内にはテーブルと木の丸椅子が見えた。昔は通町に同じような雰囲気の店があった。

なかなか入る機会がなかったが、8月14日の鏝絵(こてえ)ポタの後に、あまりの暑さに店に向かった。家族連れが食べ終わったところだが、店の人がいない。「奥にいるから」とのことで「おねがいしま〜す」と声をかけると白髪のおばあさんが登場。レモンを注文すると、左手の瓶から砂糖水を柄杓で容器にいれ、右手の色のついた容器から注ぎ、既にセットされている氷を電動でまわしてポンと出してくれた。「いくらですか」「百円」「(えっ)」。受け取って食べながら壁を見ると値段表があった。殆どレモンの味のしない甘いかき氷だった。帰りに楢山を通ると、かき氷の斎藤もち屋の前には長蛇の列、光栄堂はお休みでした。
【追記】(2006.8.28) たふらんけさんが、取り上げていて詳細がわかりました。
























