「亀の湯」には温泉巡りに凝っていたことに、子供連れで行ったことがある。それ以来、久しく銭湯には行ったことがない。
上肴町に住んでいた小学校時代には家に風呂がなく、保戸野亀の町の「中将湯」に通っていた。当時はタオルではなく日本手ぬぐいを持って行った。粉のシャンプーで洗髪すると割り増し料金を払った。風呂上がりに時々飲ませて貰うコーヒー牛乳、初めて飲んだ大人の味に感じた「ファンタ」。
温泉ブームの一方で、街中の銭湯は消滅していく運命なのだろう。

平成5年の単純な模様に始まり、最近ではモナリザ・棟方志功・写楽と進化してきている。今年は、今までの「つがるロマン」「黄稲」「紫稲」に加えて「紅都」「紅染」を加えての「風神雷神図屏風」を作り、夏にはもっときれいな模様を浮かび上がるという。

でも一番、びっくりしたのは、村役場の立派さ。天守閣から田んぼアートを見るようになっているが、4階までエレベータで上がり、6階の天守閣まで階段で上がる。まさか田んぼアートを見るためだけに作った訳ではないのだろうが…。村には場外競輪場があったので、よほど潤っている村なのだろう。15時過ぎにやっとガリレオに乗り近場ということで、太平の勝手神社まで走り、デジカメ撮影をしてくる。

以前から気になっていた、秋田中央アクセス(後方に下北手中学校)近くの田んぼの黒い稲??→田舎館村の「田んぼアート」で判明→古代米のおそらくは「紫稲」。古代米が紫なことは知っていたが、葉まで紫だったとは…想像力の欠如を感じた。同じくアクセスの近くでみつけたガマの群生。中央アクセスには小さな竿灯の飾りが見えた。Zizouさんから教えてもらった太平郵便局の丸ポストをよくよく見たが、根石まで赤く塗られている、下後部の製造年製造会社の部分は判読不能だった。
その後、太平三吉神社まで走り、自宅近くの神社の撮影をして25kmほど走ったら、シャキッとした。
道の駅を回ったが休憩所がないため、夕食はコンビニ弁当を車中で済ませ、「夏の魔物」終了予定の21時前に地球村へ。予定が大幅に延びており、終演の23:45まで待機をすることになってしまった。帰宅は午前2時半を回ってた orz。
疲れ果てたが収穫の多い一日だった。詳細は後々。
【シャガール 「アレコ」とアメリカ亡命時代】は、7月30日のNHK「新日曜美術館」で取り上げられており、興味のある方は20:00からの再放送で!
大学生の時に期待しないで入った映画館で見た STAR WARS Episode IV、途中から見て、最後の戦闘シーンを見たいがために、2回半分を続けて見た。モーションコントロールによる迫力に圧倒され、映画好きにアクセルがかかり、スター・ウォーズ大好き人間になってしまった。

このスター・ウォーズ展で一番感激したのは、ハン・ソロの乗るミレニアム・ファルコン号(=黄金時代の隼)の模型。模型には15cm・76cm・173cmの3種類のモデルがあるとのことだが、15cm(15×20×3cm)・173cm(122×173×61cm)の二種類のモデルが展示してあった。その173cmのモデルの凄いこと、眼が釘付けになった。攻撃で被弾した跡の穴が空いていたり、塗装が剥げていたり、焼き焦げがあったり、鉄板(?)が曲がっていたり…デティールの造りが半端じゃない。欲しいっ、欲しいっ、って買えるわけがない。いくらになるのだろう、億単位の値段は付くだろうが…。

各部拡大写真では、あの感動は伝えようもない。

今でもスター・ウォーズは好きであるが、やはりエピソードIV・V・VIが別格に好き。IVは、VTRにレーザー・ディスク・DVDと持っていて、最後の戦闘シーンを見る度に興奮している…鶏頭なればこそ何度でも楽しめる。
"丸ポスト"は小さい頃から見慣れていて、見つけてもそれほどの感慨はなかったが、改めてよく見ると、知らないことがいっぱいだった。
この商店も、アルミサッシに押されていまや珍しくなった木枠の窓。

郵便ポストの移り変わりを見ると、昭和24年(1949)
から新しい鉄製ポストとして実用化された「郵便差出箱1号」という型になる。ポスト後面の下にある記載ははっきり見えないが「昭.30.昭和製」と読めるようだ。「昭和製」の部分は製造会社名ではないかとのことであった。
1970年代までは"丸ポスト"が多く使われていたが、多くは箱型のものに交換されたようだ。交換の理由は、「丸形ポストはなぜ消えていったか?」に記載があった。
神社ネタといい、ポストネタといいZizouさんパクリお許し下さい。

気持ちのいい木陰には遊具や手作りパイプベンチもあり、近所の子供達の格好の遊び場になっているようだ。社殿も大きく、彫刻が見事。鳳凰、獅子の木鼻、龍の木鼻、 屋根を支えている人?神様?は誰?? また馬を祀った祠もあったが、離れた所に「馬頭観世音菩薩」の碑があり、関係があるのだろうか。

【追記】屋根の下で睨みを利かせているのは誰?→「力神:りきじん」とのこと(2006.8.20)。



昭和59年8月に再建された大鳥居の脇には「勝手神社由緒略記」が記されている。祭神は受鬘神(うけのりかみ)、天照大神、宇迦魂神(うかのみたまのかみ)。創建は古くて鎌倉時代。勝手明神として崇められ勝利指向の神格を有することから特に武家に信仰されてきた。男児、女児いずれも子守の神として心身健康を保護し給う神。昭和58年8月には本殿、幣殿、舞堂を銅板葺きにした。等々の記載があった。

境内には樹齢約三百年の杉並木が参道を囲んでみられるが、大鳥居の上のご神木は半分が折れているが立派な幹周りであった。
また山の神である大山祇神社、鉱物の神である金山彦神社、学問の神様である菅原神社の三社も祀られていた。
【追記】2006.7.26 ZizouさんからのTBを受けて 「由緒」の中には「氏子中の黒沢部落は箕の特産地として当地でも稀なるものであるが,産土勝手明神の授け給える技術として、これを信奉して、この生業を他郷にて営むことを固く戒しめまれてきたものである。」とあった。箕が「み」なのか「みの」なのかが不明、どちらにしても他郷で営むことを戒しめるだけの技術なのか、農業であれば必需品なのでは、などと考えていました。字を見ればみのは「簑」で箕ではありませんでした。杉玉の所で「箕(み)」を取り上げていただけに恥ずかしい。
レースに出るわけではないし、ツーリングと通勤に使えれば良いということで選んだのが、「ツーリングで安心して使えるロードタイヤをコンセプトに開発された」Panaaracer TOURER ツアラー。Panaracer は GT Avalanche 1.0 でも T-serv、ツーキニストの付き合いがあり、安心感がある。TOURER も、耐摩耗性、耐パンク性を高め、なによりも値段が手頃なのがうれしい。

7月23日の午後の走行の後で交換作業。いつもの事ながら、タイヤをはめる作業が下手。手だけでははめることができずに、タイヤレバーも使用しての作業だが、案の定、右親指に豆ができてしまった(^_^;)。
装着後の試し乗りでは、違いはよく分からないが、急ブレーキでは後輪が今までよりも滑って流れる感じがする。慣らし運転で変わるのかもしれない。
【追記】タイヤレバー これ以外にも金属製の物がありますが、ホイールを傷つけそうなので使っていません。

教訓「安物買いの銭失い」、身にしみたが、ラジコンヘリはまだ未練あり。ヒロボー社製のものなら、遊べそうだが、気軽にというわけにはいかない。時間があれば秋田の取り扱いショップに寄って見たいとは思っている。

固く凍らしてから、ラップで挟んで叩いて細かにして含気を増やしてまた凍らしておいた。食べる直前にトマトにオリーブオイルをかけてみる。

味?味はどうか?…………ご想像の通りです(^^;)
冷やし塩ラーメン、胡瓜(やっと食べきった)と納豆のサラダ、牛乳。

トマトシャーベットは、まあいけます。
冷たいシャーベットをこれだけの量、一気に食べるのは無理があります、体が冷えました
一人あたり、大きめのスプーン一杯位を別々に並べるとお洒落かもしれません

施設も充実していて、秋田県鳥獣保護センターを兼ねている「自然ふれあいセンター」、傷ついた鳥類の治療のための「鳥獣保護舎」、パソコンなどで学習もできる「愛鳥山荘」、「野鳥の森」の他にも「かもしか園」など充実。

水鳥池には白鳥がいて、間近にみることができる。「愛鳥広場」も雰囲気が良い。落ち葉や小枝が落ちていてたり、スリッピーではあるが、夏でも涼しいこんもりとした森の中の小径、アップダウンも少ないので自転車でゆっくり走るのは楽しい。
園内のコース案内図(文字が読めるように大きめの画像)



大好きなピンク・フロイド。アルバム「狂気」「The Wall」は何度聞いたか分からないほど。評判のよくない映画「The Wall」も大好き。
最初のアルバムである「夜明けの口笛吹き」も当然持っているが、聞き込んではいなかった。先週、創始者でありながら「夜明けの口笛吹き」だけに参加していたシド・バレットが亡くなったというニュースが流れた。この機会にと、「夜明けの口笛吹き」を聞き直してみると、1967年に発表されたのに新鮮さは失われていないと再認識した。シド・バレットの抜けた後のアルバムの中の「炎〜あなたがここにいてほしい」も何度も聞いているが、曲「狂ったダイヤモンド」「あなたがここにいてほしい」はシド・バレットにあてた曲と聴いていた。それほど、メンバーに与えた影響が大きかったのだろうとは思っていた。写真で顔を確認したのは初めて(^_^;)。
「1979-12-10 ■地区のスキー場 上北手、濁川、上新城、太平、飯島、外旭川、金足東、下浜八田などには、これらの地区のみなさんが、子どもたちのために作ったスキー場があります」
「1977-02-01 ◇上北手スキー場 上北手小学校の「百周年記念事業」の一つとして、昨年四月から九月までかけて地区のみなさんの労力奉仕によって完成したものです。同地区では、上北手小学校向い(同猿田字後谷地)の牧草地約1haを鎌田義弘さんから提供してもらい、地区体育協会、PTA、スポーツ少年団など住民のみなさんが日曜日ごとに労力奉仕を行い、ゲレンデの長さ二百メートル、幅三百五十メートル、それにロープトウを設置したりっぱなスキー場を造りました。一月十五・十六日は同地区体協の主催による「スキー教室」を開き、子どもたちは大喜びをしていました。なお、同スキー場では地区外からのスキーを楽しむみなさんを歓迎してます。」

私の住む下北手にも現下北手中学校の裏手の山にスキー場があったと聞いたことがある。今回ここに広い通学路が作られてた。画像のようにいかにもスキー場に適した地形と斜面に見える。移り住んで既に20年ほどになったが、滑っているのを見かけたことはない。昔の子供達は、リフトもロープ塔がなくても自力で上がって自力で下りてくるほど、体力があったのだろうな〜。
今年もまた夏やせの季節がきた。例年、7月中旬〜8月の期間が一番体脂肪が減る時期である。どうやらニホンザルと同じ程度の進化過程のようだ(午年生まれだが…)。
昨年に比べて体重が多いのは、筋肉量が増えたと都合良く解釈している。
ふっと経法大学のキャンパス裏の道にはいったら、ガマが群生していた。

ガマの穂にはなぜか惹かれる物がある。所々で見つけると妙にうれしい。乾かして灯油をしみ込ませれば松明になるのではとずっと思っていた。一度だけ家にもって帰って風除室に放置しておいたら、大量の花粉と綿毛が発生したことがあり、それ以来は持ち帰っていない。

ガマについては、ここの記載が詳しく、いなばのしろうさぎにも言及していて面白かった。ガマにはガマ・ヒメガマ・コガマがあり、写真はガマのようだ、秋になると花穂の中から綿毛が吹き出てきて飛散するが1本の花穂から出る綿毛には10万個の種があるとのことだった。
午後は買い物の後で広栄堂でかき氷を食べる。いつも「生グソ」(たふらんけさんのブログに詳しい記載あり)ではと、カミさんは抹茶ミルク、harropageは生いちごミルクソフトを食べる。帰宅すると雲が薄れて青空も出始めている。仁別を目指して走り始め、いったん帰宅したが天気がますますよくなり太平方面も走る。
本日の走行:
午前46.56km+
午後46.09km。

小さいながらもランの一種で、ラセン状に並んだ小さな花は下から上へ咲き登り「頂上に達する頃に梅雨があける」、ねじれは左巻き・右巻きのどちらもあるとのこと。


このネジバナという名前を教えてくれたのは、下の娘。それも小学校に入る前後の時だった。家にある一冊にまとまった百科事典を眺めるのが好きな子供だったので、どうやらその写真で知ったらしい。しかし、写真で知っていることとと、実物をみて知識と結びつけることは違う思考回路のはず、びっくりした。その後も、トナカイを見たときには、「トナカイの角は生えてくる時には柔らかい毛で覆われている」ことなど教えてくれた。自分の子供から物を教わる、子供なのに自分を超えていると自覚することのできた貴重な思い出である。
その後は、漫画の「美味しんぼ」を繰り返し愛読して、小学校高学年になったころには、あの話はどこにあると聞くと「何十何巻の○○の話」と教えてくれた。まあ、その後は、それなりに普通に大きくなったが…。
























